貧乏人はコメを食え?

2008-06-05 00:04:12

貧乏人はコメを食え?

減反見直しに反発も
世界的な食糧不足、穀物高騰を考えれば貴重な食料生産施設である水田を遊ばせる政策が良いわけがない。
だから減反はいずれ止めるべきと言うのはもちろん正しいと思う。
しかし、コメの利用方法が従来のままで増産しても、作っただけ売れる見込みはない。
むしろ価格が暴落し農業者の収益が無くなれば次の生産が不可能になって先々もっと酷い食糧危機をまねくリスクが大きい。
そのリスクの割に、食費に占めるコメ代の割合はさほど大きくないから価格が暴落しても消費者には目に見える恩恵とならない。
コメの増産は米飯用以外での用途を開発し、消費される見込みを担保しなければ再生産のサイクルが成り立たず経済活動として持続出来ない。
首相は高齢だから安直に「昔のように3食コメを食え」とでも考えているのかも知れないが、今さらそんなことが受け入れられるだろうか?。
昔、「貧乏人は海老を食べるな豚を食え」と言い放った総理大臣がいた。
当時よりは豊かになったはずの現代において「貧乏人は豚も食べるなコメを食え」ではあんまりだ。
はっきり言って、米飯はそれ単体ではパンやラーメンより味気無く不味い。
多忙な朝や昼休み、パンやラーメンはおかずが無くてもそれだけで食事として成り立つ。
一方、米飯はおかずがなければ到底食えたものではない。
ところが貧乏人ほど調理をする時間のゆとりが無く、おかずにかけられる予算も少ない。
だから極端な話、コメがキロ10円に暴落したとて、パンやラーメンを求めざるを得ない。
極論は脇に置いて現実的にありうる価格で考えても、パンやラーメンは1食分ずつ購入・調理でき米飯のように炊きすぎて余ることによるロスがないし、調理器具も殆ど要らないから、単身世帯においてはキロ単価がコメの3倍でもかえって経済的な場合がある。
つまり、朝食や昼食にかけられる調理時間はゼロに近く、おかずも買えない一人暮らしの消費者には米飯の消費を増やす余地がないという実情を無視してコメの増産をしたのでは食糧自給率を改善できず、ただ古米の在庫を積み上げるだけなのだ。
例えば、せめて同じコメでも、モチ米なら赤飯、せんべいなどそれ単体で食べられる形態の用途が多い。
増産分ではモチ米の生産を推進する方策をとれば、うるち米よりは消費の見込みがつきやすいのではないだろうか。
理想的には、品種改良によってパンや麺、お好み焼き等に適し、輸入小麦を完全に代替出来る第3のコメが開発されると良い。
現状のうるち米ではパンに加工すると焼きたてなら良いのだが時間が経つと固くなるため流通が難しく、ベーカリーレストランのような高コストの使い方しかできないそうだ。
それが難しいなら、味を度外視して極度に多収量型の品種を開発し、豚や鶏のエサとして採算がとれるようにしても良い。
肉の価格が安定しておかずの購入がしやすくなれば、結局は米飯の消費も増えるだろう。
いずれにせよ既存の水田をフル稼働させるには農業の参入や撤退に関わる規制を無くし、コメ=主食という古い発想しかできずやり方を変えるくらいなら休耕でよいという農業者には水田の売却を促して、非主食米を生産する技術がある新規参入者が水田を取得できるようにすべきだ。

[ written by pinksaturn ]

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