曲解報道・生保に車所有容認判決?
曲解報道・生保に車所有容認判決?
車を持っていることを理由に生活保護を停止されたのは不当だとして、北九州市門司区の夫婦が市に処分の取り消しを求めた訴訟で、市の処分を違法と認定して取り消した29日の福岡地裁判決は、市の対応を「夫婦が直ちに困窮状態に陥ることが容易に予想されるのに、実情を十分考慮せずに処分した」と批判した。
訴えていたのは、峰川義勝さん(68)と難病で重度の障害がある妻久子さん(77)。
判決は、車いすの久子さんが約15キロ離れた病院に週1回通院するのに、夫婦の自宅周辺は坂道が多く、最寄りのバス停までは約400メートルあったとして、車以外では極めて困難だったと指摘。厚生労働省は市の処分当時、公共交通機関の利用が著しく困難な地域に住む障害者の通院利用などに限って車の所有を許していたが、判決は「原告は実質的に保有の要件を満たしている」と結論付けた。
http://www.asahi.com/national/update/0530/SEB200905290037.html
この判決をあたかも生保世帯の車所有を容認する判決のように曲解して書きたてることは著しい偏向報道である。
裁判所はあくまでも「通院手段を考慮せず乱暴に支給を打ち切ったこと」を違法としたのである。
例えば、バス停に近い場所にある公営住宅を提供して移転させるとか、通院時の移送サービスを提供する、市立病院に十分な予算・要員が付いていて往診が可能であるといった条件があれば車保有を認める必要はなかった。
また原告夫の68歳という年齢を考えれば、いつ目が悪なって運転が出来なくなるかわからないし、体調不良になることが多い高齢者が通院をマイカーに依存すること自体危険だ。
一部には公共交通の整備や移送サービス、往診を提供するよりも中古の軽ならマイカーの方がコストが低いと言った論もあるが、視覚障害や高齢で運転が出来ない人のことを考慮しないのは乱暴な話だ。
また生保のマイカー使用は無保険が多くなるとか、贅沢かどうかという経済論だけの問題ではない。
車は車検だけ通っていれば安全に走行できるわけではないからだ。
平素から使用者が注意を払い異音などあれば随時整備に出さなければならない。
資産や収入がなければそれをけちることになるから事故の危険性が増す。
車の保有コストを車検など強制されたコストだけで考える事は謬りだ。
完全な整備状態を維持し続けるなら贅沢品にならざるを得ないのである。
[ written by pinksaturn ]
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