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東海道 山中城跡

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山中城畝堀山中城跡畝堀
戦国時代豊臣軍の小田原征伐に備えて西の丸や出丸を増築し、その際のから堀でこのようにはっきり残っているのはめずらしいそうです。


山中城障子堀同じく山中城跡に残っているめずらしい障子堀。その当時の堀の深さは4mはあったと思われるとか、西の丸の曲輪の山際は8mもあったそうです。
しかし豊臣の大軍にせめられ半日で落城した由。
この山中城址の前は何度も通りましたが奥に入ってみると土橋、西の丸跡、水源となった池など見る所がいっぱいありもう少しゆっくり見たいところです。

錦田の一里塚錦田の一里塚
箱根を下り三島の宿にむかう途中に後から植えた松並木の両側にあります。

ここから最大の難所箱根ごえを体験すべく旧東海道の石畳を歩いて上り下り1時間半あせを流しました。
二子山から石を運んで道を作ったそうですがなんとも歩きにくい道です。
びっしり並んでいるでこぼこした石のどの石に足を乗せるかひたすら石のみを見て上りつづけること4・50分、息がきれ、汗が吹き出ました。
どうにかこうにか上りきり、次は15分ほど下ります。この下りは円い石が敷き詰めてある急な下り坂(権現坂)なので滑らないように横になって下りました。
講師の先生が「芦ノ湖」が見えてきましたと声をかけてくださったのですが見ながら歩くなんて「トンデモナァ~イ」。後ろから「芦ノ湖が見えても足元がこわくて見るひまがなぁ~い」と悲鳴とも笑いともつかない声が聞こえてきました。

東海道五十三次バスの旅、小田原城

バス7:30渋谷発で小田原城(昭和35年再建)へ。
銅門(アカガネモン)を入り、堀の石の積み方(野面積み、打ち込み積み、算木積み)の説明をうけ、指定文化財の大いぬまき、大ビャクシンを見ながら、常盤木門をくぐり城内へ。
ここでは秀吉が北条に出した果し状があるので見ておくようにとのこと。
外に出てから小峯曲輪堀の説明を聞き、二宮神社に行き「御感の藤」「お茶壷橋」を見て箱根までバス。

東海道五十三次をバスで巡るというツアーを見つけ、ツアーに参加しました。
歩きたいけれど雨、雪、風、暑いのは苦手という我がまま気ままなので、496キロを歩きとおすのは無理。バスなら行けるだろうと甘く見たのですが、結構歩 くところも多く講師の先生の歩く速度がものすごく速いので追いつくのに大変でしたが、話を聞きながら歩くので楽しい旅でした。

日本橋から大磯まででした。日本橋

 

 


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