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7月29日 木曜日


朝、ふと目を覚ますと既に9時半でした。
私は念のため、息子たちの部屋に行きました。
というのは今日は大学で一時間目から英語の前期試験があると主悦から聞いていたからです。
ところが私が二段ベッドの上段を見やると、彼は実に気持ちよさそうに眠っているではありませんか!
「主悦!起きろ!9時半やぞ!」と言った瞬間、彼は「ヤバい!」と言って飛び起きました。
いつもは夜行性動物を昼間に叩き起こしたような緩慢な動きで、もぞもぞ活動を始めるのですが、今日は違いました。
着替えて、登校準備をして、玄関をでるまで1分位です。
おぉ…と感心しながら祈りました。
主よ。何とかしてやってください。
というのは大学まで40分かかるのです。しかも一時間目は9時から始まります。どんなに早く到着しても10時は過ぎるでしょう。しかし、1コマ90分なので、入室さえ許されたら15分くらいはあるのですから半分くらいは書けるでしょう。不得意ではない科目なのですから。
しかし、我が家はこの手のどたばたが多くて、困ります。

私はこの事を主に委ねて、今晩の「国際情勢の潮流と聖書預言」の準備に取り掛かりました。

ハワイで得た貴重な情報の数々は大変参考になりました。

実はハワイ滞在中、1日完全Offの日がありました。
ホストのSファミリーは私の願いを叶えるべく万全の体制をとってくださいました。
実は私には一つしたいことがありました。それはスカイダイビングです。上空3000mから飛び降りてパラシュート着陸するやつです。思い切ってリクエストしました。
すると普段は柔和でおしとやかなM姉妹が断然反対なさるのです。何かあったら日本の皆さんに合わせる顔がない、そんな危ないことはやめた方が良いと。
しかし私は別の事を考えていました。
この経験はラジオ番組で話すネタになる、と。
ホストファミリーとの一致がなかなかえられませんので、一つしるしを取りました。
もし費用が149$以下ならばやる。
しかし150$以上するなら断念する、という事を宣言して、早速パソコンで調べてもらいました。
すると…何と150$ではありませんか!
部屋中に失望と歓喜が入り交じる声が響き渡りました。
残念がる私を慰めるために、S兄弟は私を軍の基地に案内してくれました。
ハワイ第1の産業は観光です。第2の産業は軍です。ここには陸海空及び海兵隊の基地があるのです。
私は至近距離からイージス艦や第7艦隊を守る海上移動式レーダーを初めとする最新システムを見学しました。

私の関心は米韓軍事演習の意図とアメリカの戦略でしたが、大変参考になる意見交換が出来ました。
今後数ヶ月続く日本海における史上最大の軍事演習の仮想敵国は直接的には北朝鮮ですが、同時に背後にある中国への牽制とイランに対する戦略です。

夜の講演会にはたくさんの方々が来られました。
高校生から80代まで、初めて集会に来られた方々もいらっしゃいました。
90分ノンストップですが誰も眠ることなく、必死にメモをとりながらみことばを聞きました。テキストはエゼキエル38章です。
いつかこのブログに別のカテゴリーを設けて開示出来たらなぁ、と考えています。

講演会の後、初めて教会に来たという男性と話しました。
彼は三島由紀夫が好きなのです。
私もノンクリスチャン時代、耽溺しました。
しかし三島が分かりたくて三島を追いかけても彼を捉えることは出来ません。
三島を解く鍵はバイブルです。
そんな話をしていると彼はしきりに腕をさすり出しました。
「鳥肌がたってたまりません」


私は日本人に伝わる聖書メッセージを伝えたい思いで一杯です。

帰宅したのは深夜12時を超えていました。
子どもたちと今日のメッセージの質疑応答に入る前に、気になっていた試験の事を主悦に尋ねました。

「お父さん。お祈りありがとう!主の恵みで無事に受ける事が出来ました。多分満点かも。」
え〜っ?どうなっているの。

彼が教室に入ったのは10時を僅かに過ぎた時でした。
教室に入るなり、先生がおっしゃった一言。「良かった!来てくれて。つい5分前まで君が来るのを待って試験を遅らせていたのよ」
遅らせてって…一時間近く経っているのです。Classのみんなも「あいつのためなら」と彼を待つ事に同意して、先に英語の映画を見ていたというのです。
そんな事があり得るのでしょうか?
しかし本当にあったのです。

先生からもクラスメートからも愛されている彼は幸せ者です。何より神に愛されている事が幸せです。
しかしだからといって、もう二度と寝坊はいけません!次からは目覚まし時計+朝に強い誰かにモーニングコールしてもらうことにします。(まだ人に頼るの?)


「神は宦管の長にダニエルを愛しいつくしむ心を与えられた。」ダニエル1章9節。

7月28日 水曜日


体調が回復した私は、午前中、梅田で元新聞社でワシントンに長く赴任していた方と面談しました。
彼は日本とアメリカの両国に自宅があるため一年中往き来しています。
彼は二種類のPassportを持っています。日本のものとアメリカのものです。
帰国するときは日本のPassportを使うそうですが、それ以外は全てアメリカのものを使います。
いざ、紛争やトラブルに巻き込まれた時には、日本の大使館よりアメリカの大使館の方が頼りになるからだと言うのです。
アメリカの大使館には、まず駐在武官がいます。情報組織員もいます。何と言っても世界最強の軍事力があります。海兵隊という拳があります。安全には代えられないから、やっぱりPassport持つなら断然アメリカだよ!と強調していました。

ところでクリスチャンは世にあって神の国の国民です。
在日天国人です。
国籍は天国です。

海外にあって、アメリカのPassportを持つことがかくも安心の根拠となるのならば、まして全知全能にして万軍の主なる方の国の国籍を持つことはどれほど安心の根拠として十分でしょう。
ある国の国民となるとはその国の総合力を担保するという事なのだと思い至ると、天国を国籍に持つことの意義の深さを再認識させられます。
天国を持っているとは、この世にあっても莫大な財産なのだと頼もしい気持ちになります。


夜ラジオ番組「聖書と福音」の収録をしました。
夜10時過ぎに自宅に戻ってみると朝からきつかった腰痛と貧血が一気にのし掛かって来ました。
外は雨でした。
やっぱり低気圧症候群の気象予報は見事です。今日はこのまま倒れましょう。


「私たちの国籍は天にあります。そこから主イエスキリストが救い主としておいでになるのを私たちは待ち望んでいます。」ピリピ3章20節。
7月26日 月曜日


帰国の楽しみは、しばらく離れていた家族との再会です。
愛する人々と片時も離れずに過ごすことも幸いですが、しばらくの別離を経験した後で再会したときの感激には特別なものがあります。おそらく別離の期間を通して、相手の存在の大きさを学ぶからでしょう。

先週の金曜日、関空到着ロビーにでると、最前列に主悦とルツ子が待ち構えていてくれました。
たくさんの荷物を私の代わりに持ってくれました。
そしてたくさんのねぎらいと話をしてくれました。
子どもたちは、帰国した私を気遣ってくれたのでした。
空港にお母さんが出迎えにいないことをお父さんが寂しく思わないようにするために。
私は実に幸せな父親だと思います。


しかし子どもたちが如何に私に良くしてくれたとしても、彼女の喪失がもたらした空洞を埋めることは出来ません。
なんという大きな空洞であることでしょう。
彼女の存在は私にとって何と大きなものだったのでしょう。

だからと言って、愚痴をこぼしているのではありません。
私は自分の中に生まれたこの空洞を埋めなければならないとは考えていないからです。

子どもたちにもきっとこの空洞があるに違いありません。
私が如何に良き父親になっても、お母さんがいない空洞を埋めることは出来ません。
もしも空洞は埋めねばならないと考えて生きるならば、埋めようのない空洞を抱えながら不満だらけの人生を生きる事になるでしょう。


私はこう考えるようになりました。
私の中にあるこの悲しみは私が私になるために主がくださった賜物ではないか、と。

彼女の喪失は、私にとって事件ではなく人格の一部となっています。
それは一つの出来事ではなく、私という人間の大切な要素となっています。
彼女の喪失は、私の感じ方、捉え方、考え方、事に天国への渇望の仕方を完全に変えてしまいました。
私は以前の自分に戻る事が出来ません。
新しい世界を知った後で、それを知る以前のように振る舞うことは出来ません。

傷は癒えておらず、展望は未だ見えず、笑う時にも悲しみは失せる事はありません。
しかしこれは解決しなければならない状態なのでしょうか。
どうにもならない悲しみの経験は捉えようによっては人を塞ぎ込ませたり気難しい人にしてしまう危険性があります。
しかし出来事の背後にあわれみに富んだ神様がおられるとしたらどうでしょう。
もしかしたら、人生の真相を見る目を持つために神様がくださった経験ではないのでしょうか。
神様が下さる杯には、決して毒がありません。
時に毒のように苦いだけです。
しかし毒のように、いいえ、猛毒のように苦い杯を自分への最高の良薬として飲み干してゆく事が、キリストに似る道なのかも知れません。
なぜならこの方は、あのゲツセマネでペテロに向かって言われたからです。

「父がくださった杯をどうしてのまずにおられようか。」ヨハネ18章11節。
7月25日 日曜日


ハワイではたくさんの80代前後の日系人クリスチャンとお会いしました。
皆様それはそれはお元気です。
しっかりしています。お洒落です。
自分の足で歩いています。
その元気の理由の一つは…信仰だけではなく…気候にあると私は見ています。

とにかく過ごしやすい気候なのです。
一年中暑すぎず、寒すぎず、爽やかで毎日のように虹が見えます。雨と言っても日本のような梅雨ではなく柔らかなシャワーのようです。
私の体調もハワイでは絶好調でした。

日本に戻ると、いや、正確には夏の大阪に戻るや否や、身体中から悲鳴があがりだしました。
持病が一斉に開花します。
汚いことばですが、こんなクソ暑い大阪は…人間の住むところやないど!と思わず口走りました。

しかし日曜日、集会の兄弟姉妹と会うと元気が出てきました。
今日はじっくりハワイReportをしました。
兄弟姉妹からハワイにいる日本人クリスチャンへの熱い想いが沸いてくるのを感じました。

福音集会が終わった後で、同志社大学の学生クリスチャンがやって来ました。
先月学内で催した「幕末と聖書」の講演会アンケートを持って来てくれたのです。
どの感想も大変好意的で、次回講演を要望される声が挙がっていました。
さらにこの時の講演会の模様が雑誌に掲載される事になりました。学生たちがインタビューを受けて書いた写真入りカラーの記事です。ゲラ刷りを見せてもらいましたがなかなかのものです。
雑誌名は「リバイバルジャパン」です。
来月号に掲載される予定です。

1日が終わり、身体が重くてなりません。
とうとう胃痛が始まったために、私は兄弟会を早退し自宅に戻って横になりました。
最近はどこかで頑張ると、後で反動が返ってきます。

今から7年前、私は初めてハワイ邦人伝道に行きました。
その頃、滞在7日間でラジオ番組出演を入れると15回のメッセージを取り次がせていただきました。
感謝な事にその時に初めて聖書に触れた方が7年後の今月、東京のとある集会でバプテスマを受けられたと聞いて嬉しかったです。

ただこれからの私は、手当たり次第に何でもやってみる働きからは退きます。

ただみこころに生きたいと願っています。
みこころの中を歩みたいのです。
神が私にさせたい事をしたいのです。
それは神ご自身とその力を経験してゆく道です。
それは必ず成就する働きに参加する道です。
それは本当の満足を得る道です。
それは私が去った後も歩いた道のりが語り続けて行く人生です。

それは主にならって生きる人生です。

「わたしが天から下って来たのは、自分の心を行うためではなく、わたしを遣わした方のみこころを行うためです。」ヨハネ6章38節。


7月22日 木曜日


昨日は黙示録の質問会を持ちました。
みことばに飢え渇く日本人クリスチャンと日本語で輝かしい歴史の結末を学ぶ幸いは何とわくわくする時でしょう!
1〜6章までですが、みことばが分かることの何と楽しい事でしょう!
この楽しみがわからないから世の流れに押し流されてゆく事を自分に許してしまうのではないかな、と思いました。

8日間お世話になったSファミリー夫妻と夜遅くまで語り合いました。

このご家族の二階にはご両親がお住まいです。
お母さんは難病のアルツハイマー病を患ってはや3年あまりになります。
しかし私にはこの方の病よりも、病を通して際立つ主にある人生の幸いばかりが見えました。
主に全てを委ねて、生かされるままに生きる態度の爽やかさです。

彼女は、自分の失敗を当然のように受け入れる人です。
失敗のたびに落ち込むような態度を選びません。
失敗と言っても大事件をおこすのではありません。
記憶が次々に消えて行く事によって生じる様々なトラブルです。
出来ない自分を少しも哀れに思わず、出来る事は出来るだけ自分でやりながら、出来ない事を他の人にお願いしながら感謝しています。
料理の味付けは天下一品です。
美味しいです!と言うと
「大阪の方は、食い道楽の町から来られたのだから口が肥えていらっしゃるでしょうね!」と直ぐに反応します。
私は楽しくて、ついおかわりをしました。
すると彼女は言いました。
「大阪の方は食い道楽の町から来られたから口が肥えていらっしゃるでしょうね!」
まるで同じようなことばが何度も繰り返されます。
それなのにもてなしの気持ちが伝わり、新鮮に聞こえる不思議さよ。

圧倒されるのは、聖書の暗記量です。
日常の会話の記憶がどれほど薄らいでいっても、聖書のことばは彼女の中に焼き付けられ、躍動し、内側から彼女を支え、生きる力となっています。
もしも私が同じ病を得たならばこんな風に老いてゆく事ができるだろうか?と自問自答してみるとその凄さがわかります。
人生のお手本がここにありました。



空港まではSファミリーの夫人と二人の子どもたちが送ってくれました。
日本からハワイに嫁いでキリストに仕える人とされたM姉妹には本当にお世話になりました。
私の話にじっと耳を傾けている様子を見るとまるで智恵美の妹のように見えました。
健闘を心から祈らずにおれません。

さぁ、いよいよハワイを出発します。
我が愛する祖国にして我が宣教地なる日本に私は行きます。
帰るのではありません。
私は主の使命を帯びて日本に行くのです。

ハワイの皆さんとの別れは日本の家族との再会につながっています。
一つの別れがもう一つの出会いの玄関口となっています。

クリスチャンにとっては人生の死別ですらもそれが適用されるのです。
この世でのお別れは永遠の別れではなく永遠の再会につながっています。
ほんの少しのお別れの後で、二度と別れの無い再会の国に入るのです。
かの日には私もその再会の国に入ります。
そこで主と、主が出合わせてくださった永遠の親友と再会出来るのです。あぁ恵み!

私たちの国籍は天国です。
ピリピ3章
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